「心霊殺人事件(河出文庫)」と「不連続殺人事件」/坂口安吾

2020年11月23日

前回までの流れを汲んで、クイーンの「国名シリーズ」をご紹介する予定でしたが、ちょっと寄り道、坂口安吾の「推理小説」を扱おうと思います。書店で、たまたま平積みしてあった文庫本の引力に抗えず「心霊殺人事件・安吾全推理短篇(河出文庫)を購入し読みましたので・・・。

安吾といえば「不連続殺人事件」
と思い出し、「心霊殺人事件」を読んだあと、「不連続」も再読。
合わせてもう一冊突然クリスティも読みましたので、それらについても少し書こうと思います。

「心霊殺人事件 安吾全推理短篇」

「不連続殺人事件」が有名作ではあるものの、坂口安吾はやはり「ミステリイ作家」とは一般に見做されていないんじゃないかなあ、と思います。

そんな安吾の「推理」を扱った短篇10編を編んだのがこの本で、さまざまな種類の小説が出てきます。

どんな感じかなあ・・・と読み出してまず、巻頭に載っている「投手殺人事件」の典型的な「推理小説」っぷりに少々驚きました。
現場の見取り図、から“読者への挑戦状”まで揃っています。
わくわくしちゃった(笑)。

トリックと解決法についてはいささかシンプルかなと思われはしましたが、ありといえばあり。
通して諧謔的でもあり、楽しんで読めると思います。

この「投手殺人事件」に始まり、収録短篇のうちで、いわゆる「推理小説」だな、と思わせられたのは五編で、「南京虫殺人事件」「正午の殺人」「心霊殺人事件」「能面の秘密」。
うち「南京虫殺人事件」については、推理小説というよりロマンティックな冒険(探偵)小説、という印象でした。
「正午の殺人」はちょっとストレートすぎたかな?

のこり五編のうち、「屋根裏の犯人」「山の神殺人」「影のない犯人」は“犯罪をテーマにした小説”と呼べるものでしょう。
いわゆる「推理」部分はあまりありませんが、小説としては面白い。
「山の神殺人」の暗いリアル感、「影のない犯人」の幕切れなどにはこの作家の力量をを見せられた気がして、名前は知っていたもののほとんど作品を読んだことがなかった坂口安吾の、他の著作もすぐに読みたいと思うようになりました。

「選挙殺人事件」も「ミステリイ」と言えばミステリイかもしれません。が、筋道たてて事実関係を推理するというよりは、人間の心理面を扱う話でした。
この短篇に登場するのが「不連続殺人事件」でも探偵役を果たす「巨勢博士(と言っても博士というわけでもない若者ですが)」。
巨勢博士は「正午の殺人」にも探偵役で登場します。

その他に元奇術師である伊勢崎久太夫が探偵役をする二編もあり、このふたりが安吾が生んだ名探偵ということになるのでしょうか。
巨勢博士の名前は知っていましたが、伊勢崎の方は初めてでした。

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「アンゴウ」

この本の巻末に載せられたのが「アンゴウ」という小説です。
これは、次に買ってきた「不連続殺人事件」にも併せて収録されており、
安吾作品の中でも傑作と位置づけられているようです。
そしてわたしも、ほんとだ!と、読後に思った一作でした。
確かに傑作です。

ミステリイとして、というよりは小説として、かもしれません。
しかし、一見わかり辛いくらい、主人公の“推理”がどんどんと展開されていくところは“謎解き”部分と言えるかもしれませんし、最初に提示された謎を最後に解明するのだから、推理ものと言えないこともないのかな。

主人公は、これはこうなのか、こうだったのか、こういうことか、と次々に“推理”をしますが、その様がまさに、現実に“考え”が“次々にあれこれと浮かび”、思い悩む時、疑いが広がる時、推察(邪推も含め)する時、それに惑う時、そのときの心の動きそのままで、作家の描写力を感じます。

そして“真実”を知るまでの主人公の心の動きも実に生々しく書き表されていて、ひとってこうだよな・・・と感じさせられます。
主人公の思考にはわたしとしてはツッコミどころ満載なのですが、でも人間ってこういう部分もあるよね、というところが、そのまま容赦なく記されているのでしょう。

ラストは涙・・・と言えばそうでもありますが、ここも個人的には主人公に対してややツッコミ。
他の方の感想も聞いてみたいなあ。

しかし本当に、「掘り出し物」の一作でありました。

「不連続殺人事件」

この本を読んだので、「不連続殺人事件」を再読したくなり、新たに文庫を購入して読みました。
こちらは長編、そして掛け値なしの本格推理小説です。

「不連続」を読んだのももうずいぶん昔で、ところどころのシーンと、犯人だけは覚えていたくらい。
なのである程度新鮮には読めました。

山奥の洋館に集められた、クセの強い人間たち。
そして絡み合う人間関係。
その中で次々と殺されていく人々・・・

読み応えあり、細部まで作り込まれた面白さです。
さらに、推理の決定的な部分に「心理」を組み込んでいて、さすがの手腕です。
ラストシーンはなかなか印象的であります。

この一作について、今回読んだ新潮文庫版の巻末、解説代わりの対談から若干引用致します。

犯人当てのゲームであるからには、犯人の行動や心理は合理的なものでなくてはならないというんですね。そうでなくては、読者が犯人を推理して当てられませんから。

「アリバイ工作をしなければ捕まらないのに」「密室なんか作らなければ捕まらないのに」という疑念を読者に抱かせる小説であってはいけない。(中略)従来のトリックとは違う。ここがエポックメイキングであったところであり、探偵小説史上における、この作品の価値であると思います。

(略)「不連続殺人事件」はモダーン・ディテクティヴ・ストーリーのはしりだと位置づけています。犯人の動機のみならず、登場人物すべての動きの「なぜ」を読者に納得させるものであったと。

安吾は

推理小説というものは推理を楽しむ小説で、芸術などと無縁である方がむしろ上質品だ。これは高級娯楽の一つで、パズルを解くゲームであり、作者と読者の智慧くらべでもあって、ほかに余念のないものだ。

と書いているらしいのですが、その意見に、わたしもかなり賛成なくちです。

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クリスティの「あの」作品

さて新潮文庫版「不連続殺人事件」の巻末対談に、当作品とクリスティの「ある作品」の類似性について述べられておりました。

クリスティでこの話と共通点があるのって、あれかな?そうかな?と疑問でしたのでネットで調べてみたところ、どうも「あれ」のことらしい。

その本も既読でしたが、ついでとばかりに再読してみました。
こちらもおおよその筋と犯人は覚えていましたが、細かいところは忘れていました。
類似性ある?と言えばあるか。

このクリスティ作品については映像化したもののラストをひどく鮮やかに覚えていまして、原作は少々異なっていたので意外でした。
映像の方がきれいにまとまってたかな。でもドラマティックなのは原作のほうかも。

クリスティらしく面白くはあったのですが、他の作品ほどの緻密性がなかったように感じました。そこは少し物足りなかったかな。華やかさとドラマ性はありましたけれど。

安吾作品のネタバレにもなるので、どの作品、とまで書けないのが心苦しいところですが・・・。