ミス・マープルの、最初の事件と最後の事件/アガサ・クリスティ

2020年12月6日

前回はクリスティの生んだ二大探偵の一、エルキュール・ポワロについてでしたが、今回はもう片方の有名探偵、ミス・マープルの最初の事件と最後の事件をご案内します。

ミス・マープルの「最初の事件」というのが個人的になかなかわからなかったのですが、ここでは短編集「火曜クラブ(The Thirteen Problems 米題 The Tuesday Club Mystery)」をそれとしておきます。
一方マープル「最後の事件」は「スリーピング・マーダー(Sleeping Murder)」です。

ミス・ジェーン・マープル

名探偵ミス・マープルはセント・メアリ・ミードという村にひとりで住む独身の上品な老婦人。以前はよく「せんさく好きのオールド・ミス(!!!)」と紹介されていたと思うのですが、最近の版ではそんなふうには書かれていないようです。

作品を読んでいても、せんさく好きというよりは、観察力と洞察力に優れている、というのが本当のところでしょう。それで、「村で起こることは何でも知っている」。
人生において豊富に見聞きしてきた経験を一つの財産に高めている人物で、その経験に照らすことによって、目の前の出来事の本質をクリアに見抜く、というタイプの探偵です。
綿密な調査、推理というよりは直感型、天才型。話を聞いてたちどころに真相を見破ることができる、安楽椅子探偵型でもあり、「火曜クラブ」はまさに、安楽椅子探偵譚の短編集です。(実は安楽椅子探偵ものが大好きです。)

安楽椅子探偵とは(Wikipediaに飛びます)

「火曜クラブ」と「牧師館の殺人」

さてこのミス・マープルの最初の事件というのがこの「火曜クラブ」なのか長編「牧師館の殺人」なのかわたしはなかなかわからなかったのですが、どうやらミス・マープルが登場する作品のうち最初に発表されたのが短編「火曜クラブ (The Tuesday Night Club)」のようで、これは雑誌に連載されたものの第一話です。

それら連載短編十二話に、単行本として刊行される際に付け加えられた一話を足して十三話からなる短編集が「火曜クラブ(The Thirteen Problems)」ですが、この短編集刊行の前に、ミス・マープルものの長編「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」が出版されたため、「牧師館の殺人」をミス・マープル初登場作とする紹介も散見されます。

個人的にはやはり、最初に書かれているものであるし、内容からしても「初登場」にふさわしいのは短編「火曜クラブ」(もしくは短編集「火曜クラブ」)ではないかと思っておりますが、まあこんな細かいことは、この企画ではさらっと流すということで・・・(笑)。

火曜クラブ(The Thirteen Problems)

短編集「火曜クラブ」は先程もご紹介しましたが、十三の短編から成り、最初の話が「火曜クラブ(The Tuesday Night Club)」です。

ミス・マープルの甥で作家のレイモンド、女流画家、元警視総監、老牧師、弁護士がミス・マープルの家に集っている時に、「迷宮入り事件」が話題に上ります。そこで「自分が個人的に知っている、むろん解答も知っている迷宮入り事件」を代わる代わる出題し、他のメンバーがそれぞれ、それについて解答を出すことになります。
いずれも不可思議な事件の正解をたちどころに導き出すのは、もちろん、最初はあやうく勘定にさえ入らなかったミス・マープルです。

レイモンドたちとの集いは6話で終了し、次にメンバーを変えて同様の集いが6話語られます。短編集最後の一話は趣向を変えて、元警視総監のもとをミス・マープルが訪れ、ある事件の真犯人がわかっていると述べた上で(読者には犯人は最後まで伏せられます)その事件の解決を依頼する、というかたちになっています。

個人的にこの短編集は大のお気に入りで、最初に読んだ時からずっと好きです。マイベスト書を編むなら五本の指には入れると思います。
今までにも数度読み返していますが、この度また久しぶりに再読して、ネタはすっかり割れているのにやはり楽しめてしまいました。

でもミス・マープルの解決があまりに鮮やかで立ちどころすぎ、“解決編”が短すぎる、とさえ感じました(笑)。つまり解決に至るまでの話が長いなー、と思ったのですが、それはやはり再読だからなのと、これが短編だからなのでしょう。

どこかで「マープルには短編が合う」という言葉をどこかで読んだのですが、わたしもそう思います。長編より短編のこの切れ味が、読んでいて気持ちがいいし、好みであります。
そしてこの切れ味が、安楽椅子探偵ものの醍醐味だなー、と思っています。

牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)

ミス・マープルものの最初の事件と言われることもある「牧師館の殺人」についても少し触れておきましょう。これは長編で、ミス・マープルが住んでいるセント・メアリ・ミード村が事件の舞台になります。

牧師館の書斎で、うるさ型の退役軍人が殺されているのが発見されます。
若い画家が犯人として名乗り出るのですが、事件はそれで終わりません。
少々癖のある、または謎めいた人々、絡み合う人間関係、細かい時間差。
被害者を殺したのは実は・・・。

ミス・マープル自身も目撃者として、また村の住人として関わるこの事件は、牧師の一人称で語られ、細かい部分まで精巧に組み立てられたミステリであることは間違いないのですが、それよりもむしろ、ユーモラスな部分もある、ミステリ・「ドラマ」であるという印象で、海外ドラマなどお好きな方には、とても楽しめるかもしれません。
ドラマとしての構成、人物の配置、動かし方もよく考えられていると思います。クライマックスや解決編もなかなかです。

スリーピング・マーダー(Sleeping Murder)

ミス・マープル最後の事件として書かれたのが「スリーピング・マーダー」ですが、ポワロの時と違って、「最後」となる内容も宣言も特にはありません。

新婚のグエンダは夫より一足早く、育ったニュージーランドからイングランドへ渡り、新居を購入します。しかしどうもその家のはしばしに、不思議な記憶が刺激されます。わたしはこの家にいたことがあるのだろうか?
そして、ロンドンで芝居を観た彼女は、あるセリフをきっかけにして、恐怖のあまり失神します。
そして確信するのです。わたしはあの家で、殺人を目撃していたのだ、と・・・。

ロンドンで知り合ったミス・マープルの忠告に従うことなく、“記憶の中の殺人事件”を明らかにしようとする彼女と夫。ふたりを心配し、事件に関わっていくミス・マープル。
ストーリーはグエンダと夫ジャイルズの捜査を一部始終追う形で進められ、時折他の場面が短く挿入される、まさにドラマ的な語られ方をしています。先程の「牧師館の殺人」同様、ミステリ・ドラマといった印象であり、こちらはむしろ、ミステリ要素をメインに据えたメロドラマっぽいなとさえ思いました。

マープルものの長編というのは総じてこんな感じなのかな?今まであまり読んでこなかったし、覚えていなかったのですが・・・。

個人的には謎解き要素が強いほうが好みなので、やはりマープルは短編もののほうが好きですが、こちらのドラマ要素たっぷりのほうがいいという方がむしろ多いんじゃないかとも思います。

長編「パディントン発4時50分」がかなり面白かったような記憶がうっすらと・・・(笑)。
次にちょっと読んでみることにします。

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