「心霊殺人事件 安吾全推理短編」・予期せぬ掘り出しものが

2020年12月6日

用事でやや足早に、とある本屋さんの店内を歩いていた時のこと。
文庫ゾーンで平積みになっている二冊がピカッと光って見えました。

よく見てみると、やっぱりな、の推理モノ二冊
しかも気になるクラシックもの。

ちょっと迷って当然抗えず、二冊とも持ってレジに行きました。
そのうちの一冊が、今回書きます「心霊殺人事件・安吾全推理短編」です。

いろんな面で多少意外でしたし、面白く読みました。
最後に収録されている「アンゴウ」という短編が個人的に掘り出し物でしたが、
これは名作ということで知られている一篇なんですね(知らなかった)。

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坂口安吾と言えば

坂口安吾と言えば「堕落論」。

あとは「桜の森の満開の下」くらい(どちらも未読)。
名前だけは知っていましたが、なんとなくのイメージを作れてさえいなかった作家です。
(興味がなかったわけではありませんが・・・)。

そしてもちろん(?)「不連続殺人事件」、これだけは大昔に読んでいました。
ただ、大昔すぎて、犯人の簡単なプロフィールぐらいしか覚えていません。

「不連続」に関しては、
あの文学者さんが書いた長編推理小説を読んでみました
という記憶です。
そして今回この本を読んだ時も、ちょっとそれに似た印象を受けました。

面白かったのには間違いなく、読む手を休めずに読み通した一冊ではあります。

収録10篇

収められていた10篇について、以下に簡単にご紹介します。

投手(ピッチャー)殺人事件

スキャンダル絡み、大金絡みの、プロ野球有望新人選手移籍騒動。
渦中で殺人事件が起き、移籍金は消えてしまった。
登場するのはクセのある人物ばかり。さて犯人は。

時刻表も軽くからんだ中編で、途中“読者への挑戦状”まで出てきて、ちょっと驚きました。
「外連味」のある文体、登場人物のネーミングなど、しゃれもたっぷり。安吾ってどういう作家だったんだろう、と興味もわきました。

トリックと解決に至る推理については、やや甘いかなーと思いもしますが、楽しんで読むにはいいかな、と思います。

屋根裏の犯人

これはミステリというわけではないかな。「小説」です。
それもなんというか、奇矯なというか、やや醜悪なものの「描写」ですが、そこが「小説」。

またしても内容にも文章にもケレン味あり。安吾ってこういう作家なのかな、と興味がわきます。

しかしそのケレン味の中に、鋭い視線と厚みのある筆力を感じます。
人物が立体的に感じられます。

読後感としては、チャンチャン、というところ(笑)。

南京虫殺人事件

これはミステリですが、推理小説というよりは華麗でロマンチック(恋愛要素ではない)な冒険小説、の印象です。
内容がかぶるわけではないけれど、乱歩の少年探偵団シリーズをちょっと連想しました。

選挙殺人事件

「不連続殺人事件」の探偵役、巨勢博士(というのは渾名で博士でもない若者)が登場する短編。
犯人探し、トリック解明、の推理小説ではなく、解くのはある人物の奇妙な言動の謎であり、人間心理の推理、洞察です。

その点でやはり、ミステリというよりは文学作品としての側面が強いかな(ここではミステリ、文学という言葉をふわっとした定義で使っています)。
推理小説のつもりで読んだので軽く肩透かしを食いましたが、あるコトバを中心に組み立てられたような、ピリッと効くところのある一編です。

山の神殺人

これはミステリ(推理小説、ではないかな)だと思いますが、謎解き要素は見られません。
怖い話です。見事な小説です。

軽妙に語られる暗く恐ろしい短編ですが、「ありそう」です。つまり本当にこんなことは起こっていたり起こったりしているんだろうと感じさせられます。
描写力がすごい。真に迫る。人間って時にこうなんだと思う。
この「異常さ」は実際に存在するだろうし、いつどこで顔を出すかわからないのです。

正午の殺人

こちらは推理小説の体を表しています。
トリック自体にはさほど唸らせられはしないのですが、主眼はそこではないのかも、と思います。
探偵役はこの話も巨勢博士です。

「不連続殺人事件」でもそうだったのですが、こういう作品を読んでいると、「安吾」は「安吾」ってことなんだろうか、とも思われます。
作家の他の作品を(「不連続」以外は)読んでいないので、こう言ってしまうのも早いのですが、なんというか、独特というか、読ませます。
内容が肉厚に立ち上がってくる。
何なんでしょうねえ・・・。これが筆力か。

影のない犯人

一種ミステリ、ではあるのかもしれません。
軽やかな書きっぷりで、ある意味「コワイ」小説です。

ヒトってこうかもしれない・・・とやっぱり思わせられます。
「安吾」は本当に、「人間」を抉るように書くんだなあ。
幾分デフォルメされた「愚かしさ」や「したたかさ」「怖ろしさ」が、絵空事に思えません。

心霊殺人事件

これは殺人事件の犯人探しで、いわゆる「推理小説」です。
降霊術の会場で起こった殺人事件の謎解きです。

探偵役は元奇術師の伊勢崎九太夫。
降霊術のカラクリと一緒に、殺人犯をも指名します。

能面の秘密

お屋敷の別棟が火事になり、一人の客の死体が発見された。
見え隠れする恐喝の事実。
この事件の真相は・・・という、これも「推理小説」で、探偵は「心霊殺人事件」に同じく伊勢崎九太夫です。

アンゴウ

読んで大変感銘を受けたのが最後に収録されているこの一篇でした。
傑作の誉れ高い作品のようですね。初めて知りました。

古書店で見つけた懐かしい一冊。それに挟まれていた一枚の紙から始まった、
推理と心理の一連をたどる話です。
最後に行き着く結論の内容も含め、本当によく作られた短編です。
今後人に勧めまくるかもしれません。

物語始めのほうの思考の流れがちょっと分かりにくかったのですが、落ち着いて考えて、読みこなしました。
主人公の頭と心の中の動きが、生き生きと伝わってきます。この作家は、ほんとうに、こういう人なんだなあ。

主人公自体には、多少ツッコミどころもありましたが、「そういうもの」かもしれませんね。
最後の感情には、もう一捻りあってもよかったかなあ。

「全推理短編」と言われれば

「安吾全推理短編」と銘打たれているこの本ですが、読後の感想としては、そう言って言えなくはないかな・・・というものでした(笑)。

でもこういう切り口で一冊を編むというのは、とても面白いというか、価値のあるもののような気がします。

何度か書いているとおり、安吾をほとんど読んでいない今なのでなんとも言えませんが、安吾をもっと知ったあとだと、さらにこの本の意味というか意図を、理解できるかもしれません。

それに、安吾をほぼ知らないわたしのような者が、タイトルに惹かれて現に一冊読み上げ、もっと彼を読もう!と思ってしまっているのですから、安吾への入り口としての価値もありそうですね。

企画なさった方の影がうっすらと感じられるような、人の手によって出された、と濃く感じるような、そんな楽しさもあった本でした。
どの本もそうなんでしょうけど・・・。

さて、これから「不連続殺人事件」を読み返します。

追記。
「不連続殺人事件」も再読し、この本と併せて別ブログの記事にしました。
そちらもどうぞご覧くださいませ。

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Posted by 夜間飛行管理人・Mel


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