「深夜の博覧会」昭和12年の探偵小説・文章による一大パノラマ
昭和12年の3月から5月まで「名古屋汎太平洋平和博覧会」というものが行われたのだそうです。
まさにその会期中の、博覧会会場を含む名古屋そして東京銀座を舞台にしたミステリが、この「深夜の博覧会」です。作者は辻真先さん。
帯に「失われた名古屋の町並みと博覧会の様子を総天然色風味で描くミステリ」とありますが、まさにぴったりでした。
時代を濃密に描写した、文章による一大パノラマ、といった趣です。
銀座で似顔絵を描いて生計を立てている那珂一兵少年は、馴染み客の女性新聞記者から依頼を受け、彼女と一路名古屋に向かいます。目的は会期もあと少しとなった「名古屋汎太平洋平和博覧会」の紹介記事に添えるスケッチを描くこと。
新聞社社長の友人である名古屋の名士、宗像伯爵の世話を受けながら博覧会を取材する一兵たち。同時期に名古屋を訪れていた、宗像伯爵の親友である満州の大富豪一行と知り合ったり、不思議な建物に遭遇したりと彼らが目くるめく体験をしているその最中、銀座では、朝の空から街へ血が滴り落ち、人間の足が一対発見される事件が起きるのです。どうやらその足は一兵たちの知る人物のもののよう。さらに・・・
確かにミステリであるし、トリックも、そのトリックを見破る推理の筋道(「解き方」)も、しっかり一本通った推理小説であろうと思います。でも個人的な感想から言うと、この本はそれよりもむしろ「昭和12年を描いた本」という印象です。
冒頭の銀座の描写ですぐにやられてしまいました。文章力、というものがどこから来てどこに在るものなのか、普段からわかりたいと思いながらわからないのですが、作者を何をしてそれが可能なのか、ともかく読むうちに、写真を見るような、映像を見るような、それ以上に雰囲気がそのまま立ち上るような、とても不思議で鮮やかなものが目の前に広がったのでした。当時の銀座の様子など知るわけもないわたしですが、それをくっきりと、迫るように、臨場感をもってイメージできました。もともとレトロ好き戦前好きなこともあり、すっかり酔ってしまいました。
引き続き描かれる当時の名古屋の風景についても、博覧会会場についても同様でした。博覧会のポスターの描写があったので、検索してみたらまさにそのまま。当然でしょうが、こういう細かいところも楽しい。
事件の舞台となる「慈王羅馬館」の描写は、イメージの乱れ咲き。諧謔、退廃、風刺に満ちて、視覚的にもたっぷり、もうおなかいっぱい、という印象です。
そして一兵たちが乗るのは超特急燕号♪♪当時のつばめは「燕」と漢字で表記された流線型の蒸気機関車。
東海道本線を走っていて、食堂車もついていました。
先程も書きましたが、この本は、個人的には「ミステリ」というよりも、「戦前を描いた小説」なんだと思います。
勝手にイメージしていた「ミステリ」とは様子が変わってきたので若干アテが外れたように思った瞬間もありましたが(笑)、軌道修正して読んで、実に読み応えを感じました。
多彩で個性的な登場人物(お気に入りは操さん♪)、人間模様、当時の風俗、町並み、そして時代の空気を映した「エログロ」要素も盛り込まれ、丁寧に構成されています。
そして描き出された「人物」。「このひと」を存在させ、描きたかったのかなあ。強い印象です。
とはいえラストの謎は、ほとんど「謎」になっていなかったような。だって・・・。(個人的な感想です。)
作者の辻真先さんは、もう子供の頃から存じ上げているお名前。ミステリ作品を読んだこともありますが、同時に、アニメの脚本家さん、と認識していました。大御所だ。
「那珂一兵シリーズ」というものがあることは知りませんでしたが、漫画家である探偵「那珂一兵」の少年時代の活躍という位置づけになるようです。このシリーズの他の作品も読んでみたいな。
そしてやっぱり、「戦前」いいなあ・・・。
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