「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」・原作は要素たっぷり

2020年12月6日

noteという媒体で「連想読書」という企画を始めています。
一冊の本からスタートして、次々と「連想」された本を読んでいくというものなのですが、そのうちの一冊として扱った当書について、ちょっと長めに書けたのでこちらにも転載することにしました。

メアリ・シェリー作の「フランケンシュタイン」。人の手により作られた「人造人間」の物語です。

かの有名なキャラクター「フランケンシュタイン」の原作ですが、その内容は、一般に流布している「フランケンシュタイン」のイメージとは、いろんな部分でかけ離れています。舞台化、映画化される時点でかなり「キャラクターが独り歩き」したようです。

よく知っている「フランケンシュタイン」は唸るくらい,しゃべらないことも多いようですが、原作の「怪物」はそれはもうよーく喋りますし語ります。知性が高く、学習能力も優れていて、言語や高度な思想を自ら獲得したりしています。

感情も細やかで(だからこそ悲劇的でもあるのですが)、無闇に暴れたりしないし、頭に、釘だかそういうものも、(多分)刺さっていません。
そもそも「フランケンシュタイン」という名前ではありません。まあ・・・広い意味で言えばそういう名前ということになるのかもしれませんが・・・。

「フランケンシュタイン」というのは「怪物」を作ったヴィクター・フランケンシュタインのこと、というのはよく知られていますね。一方、作り出された「怪物」には原作では最後まで名前がありません。

フランケンシュタインは博士でもなくまだ若い学生で、マッドサイエンティストでもありませんでした。いろんな意味で「ごく普通」の生活をする「ごく普通」の、大学に通う、裕福な家の息子だったのです。

この本を読んで、「フランケンシュタインってもともとはこんな話だったんだ」と思ったり、今一般化しているイメージとの相当な違いを知ったりするのは面白いことでした。
そしてまた、そうした比較とは別にこの原作自身も「面白い」要素を多く含んだ小説であり、そのためでしょう、この話はさまざまな人々の興味を惹いていて、関連書、研究書も複数出版されているようです。

2015年にNHKの番組「100分de名著」に取り上げられた時に、一時本作が注目されました。わたしもその時、ちょっとこの本を再認識したひとりです。
この番組はまだNHKのオンデマンドで見られるようですし、テキストも手には入りそうなので、近いうちにどちらもチェックしてみようと思っています。

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怪物」を作った青年

まず読み始めると、突然、フランケンシュタインとは一見関係のなさそうな人の手紙から始まるので戸惑いましたが、この手紙の主がほどなく出会うのが、ヴィクター・フランケンシュタイン。死の危機に瀕していたフランケンシュタインを助け介抱した手紙の主、ウォルトンは、ヴィクターの口から、その過去について聞くことになります。

裕福な家に育ったヴィクターは家を離れて大学に進みます。そこで彼は研究の結果、「無生物に生命を吹き込むこともできる」ようになり、自らの手で生きた人間を作り出します。美しく作ったはずのその大柄な人間は、しかし実際に息を持ち目を開いてみると、なんともいえない醜い姿に見えるのです。

驚いたヴィクターは思わず部屋から飛び出してしまいます。ヴィクターは作った怪物を「棄てた」と読んだことがあると思っていましたが、実際は「棄てた」というより、怪物を置いて部屋から逃げ出したのであり、戻ってみると怪物はいなくなっていたのでした。

黄色い皮膚は下の筋肉や動脈の作用をほとんど隠さず、髪は黒くつややかにすらりと伸び、歯の白さは真珠のよう。だがそんな贅沢は、いっそうおぞましくきわだたせるだけでした。はめこまれた薄茶の眼窩とほとんど同じ色に見えるうるんだ目、やつれたような顔の色、一文字の薄い唇を。

(小説本文より)

ヴィクターは怪物の存在と出現に怯えながらも、友人と過ごすなどして元の“平和”な生活に戻ろうとします。
やがて帰省しようとした彼に届いた弟の死の一報。その知らせを胸に実家に帰る道すがら、ヴィクターはとうとう、恐れていた怪物の姿を垣間見ます。その時、ヴィクターは知るのです・・・弟を殺したのはあの怪物であると。

その後、ひとりの旅先でヴィクターはついに怪物と対面し、「彼」の語りを聞くことになります。
「彼」が知性を得た過程、彼がくぐり抜けたさまざまな艱難、彼を見舞った辛い経験の数々が細かく語られます。
(個人的には、この部分が大変面白く、共感、感動もできる箇所でした。
ここを頂点にして、その後に続く悲劇は、氷山が壊れるときのような大きな流れとなって、冷たい海に崩れ落ちていく感じです。)

そして怪物はヴィクターに、伴侶となるべきもう一体の、女性の「人造人間」を造るように迫ります。もしそれが叶えられれば、自分はそのまま隠れて暮らし、外界に害をおよぼすどころか、ほかと関わることすらなくひっそりと生きるであろうと言うのです。それを聞いたヴィクターは・・・。

一読して

まず第一には、面白かったという感想です。読んでみてよかったと思っています。

と同時にまず少し気になったのが、文章がやたらきらびやかというか「ごてごて」していると感じられたことで、これが作家の特徴なのか、時代性なのか、作品の性質なのか、狙いなのか、そこは勉強不足でまだよくわかりません。もっと他の本と読み比べてみるうちに判ってくると思います。

読み始めからしばらくは「地の文(ヴィクターの語り)」をわりと鵜呑みにしていたのですが、だんだんそれも疑問に思うようになってきました。
最後の方ではむしろ、この人達(ヴィクターとその周辺の人々)のこと、あんまりいい人たちに思えない、むしろ「普通に嫌味な」人たちじゃないかとさえ思い始めました(笑)。
今で言えば「勘違い」してる人たちというか、それでやたら自分の身内をほめまくる人たちというか・・・いるよね・・・とか(笑)。

「主役」のヴィクターはというとろくなことをしません。何やらごちゃごちゃと自分に言い訳して、偉そうなことを言いながら逃げてばかり(とわたしには見える)です。
無実の人間を見殺しにするし(!)、その流れではどう考えたってそれはもう明らかに彼女が危なくなるのに、黙って結婚してやっぱり妻を悲劇に落とします。おそろしい人物です。つまり弱いのか。

さて、「神ならぬ身」である人間が「神の領域」に踏み込み生命を誕生させたということに、今日の倫理的見方というよりもっと宗教的、感覚的なところで「おそろしい」「許されざる」というニュアンスが強く書かれるかと思っていたのですが、案外そういう部分は読み取れませんでした。
全くないことはなく、話全体の構造を見ると確かにヴィクターには「罪人」の要素も見られるのですが、それよりもっと「畏れ多い罪」として明らかに書いてあるかと思った。そうでもない、これはどうしてだろう。

創元推理文庫版の解説

さて今回本を読むにあたってどの版(どの訳)で読もうかと考えたのですが、創元推理文庫版の巻末の、新藤純子さんによる解説が秀逸だと読んだので、創元版を選ぶことにしました。

他の方の解説と比べ読みをしていないのでなんとも言えませんが、かなり詳細にして興味深い解説であることは確かです。
その中で、この「フランケンシュタイン」の作品はSFの起源、古典であるとされていることを知り、ちょっと驚きました。そうだったのか。

そして映画「ブレードランナー」と当「フランケンシュタイン」の関係についても述べられていた部分には、強い印象を受けました。
(わたしは「ブレードランナー」を観ていないのですが・・・。)

「フランケンシュタイン」


この小説の原題は「Frankenstein: or The Modern Prometheus(フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス)」です。
小説の中では「怪物」には名前はなく、「フランケンシュタイン」というのはヴィクターの名前ですから、この小説はヴィクターについて(ヴィクターを主題にして)書いたもの、ということになります。

でも、「フランケンシュタイン」があの「怪物」を(も)指すというのが刷り込まれているわたしとしては、この小説の題名「フランケンシュタイン」があの「怪物」を指すような気がしてならず、この小説の主題というか「主人公」は「怪物」だという気持ちになってしまいます。この小説は「怪物」について書かれた話で、「怪物」を産んだ者(ヴィクター)はサブの主役である、というイメージを長く持っていたし、結局一読し終わるまでの間、ずっとそんな前提で読んでいたようです。

そうではなく、これは、まずヴィクターに「ついて」書かれたものだ、と考え直してみる。その作業は少々力技で、えいやっと言う感じで捉えなおしをしてみたのですが、やってみたあとでは、この作品全体の印象が、がらりと変わったものになりました。
もう一度、あ、そうかー、と思いました。
この経験はなかなか面白いものでした。

この作品は、いろんな要素を豊かに含んでおり、示唆にたっぷり富む主題と内容を持っていますが、それらすべてがあらかじめ著者によって用意されていたもの、という感じはしません。
鋭い感性が、受け取ったままにひらめくままに綴った豊かさ、という印象で、意図せずに、とまではけして言わないものの、十分に意識され確信されて、これほど多様な影響を各方面に及ぼすものに作られたのではないのかな、と思います。
それにしても極めて「鋭い」感性です。

今もなおモチーフとされ、引用され、様々な影響を与え続けている本作。
現代に至るまで大きな問題とされ思索され続けている主題をいくつも豊富に含んだ作品。
そして個人的に「感動的」だった部分のある小説。(「怪物」の語りの章は以後繰り返し頁を開くかもしれません。)

読んでよかったな、と思っています。
おすすめです。

もしご興味出ましたら「連想読書」の方もどうぞご覧下さい。
まだ始めたばかりですが、今後長々と、続けていくつもりです。

「連想読書」

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